職人技
2007/06/10 Sun
最近タクシーに乗っていて、「少しでも早く安全に送り届ける」という運転手さんの
心意気のようなものが、昔ほどにはあまり感じられなくなったような気がすることが
結構ある。
安全性に関しては、別に不満を感じているわけではない。
もちろん安全運転は何にも勝って優先されるべきことなので、その点はいいとしても、
場合によって、「お願い、運転替わって…」と言いたくなるような走りをされるときには、
かなり不満を抱くことがある。
ところが、2週間ほど前に乗ったタクシーは違っていた。
乗った途端、「あ、この運転手さん、“昔ながらの”タクシーの運転手さんだわ〜」と、
すぐに思うような走りだった。
その運転手さんから聞いたところによると、今はメーターの中に、乗客を乗せた場所、
通ったルート、どこの道路でどれほどスピードを出したかなどなど、すべての情報が
インプットされて管理されているらしい。
そして道路によって会社で定められたスピードの上限があり、それを超えて走ると
翌日の朝礼でお小言があるのだとか。
そう聞くと、スピードを気にしながら走っている運転手さんが増えたことも、なるほど
頷けないわけではない。
でもその運転手さん、「そやけど、僕はそんなこと気にせぇへんで。お客さんが急いで
たらそんなこと言ってられへん」とのたもうた。
そして、ある話をしてくださった。

それはしばらく前のある日曜の朝のこと、いつものように駅前で乗客待ちをしていると、
一人の学生と思しき若者が乗ってきた。
せっぱつまった顔をして乗ってきたその若者、その日は就職の採用試験の日だった。
ところが前日緊張して眠れないまま一晩が過ぎ、明け方になって寝入ってしまった
ため、目覚ましに気がつかずにすっかり寝過ごしてしまったらしい。
どう考えてもとても間に合う時間ではなかったけれど、どうにも諦めがつかず、「無理
なのは十分にわかっているんですけど、とにかく行くだけ行ってもらえませんか」と、
落ち込んだ様子で乗ってきたのだった。
運転手さんが何時までに着かないといけないのか尋ねると、残された時間はあと22分。
その駅から目的地までの距離を考えると、それはもう「お気の毒に…」と言うしかない。
もし運転手さんが、「お兄ちゃん、かわいそうやけどそれは無理やな、諦めや」と言って
乗車を拒否したとしても全く不思議ではないし、その運転手さんを責める人もいなかった
だろうと思う。
それほど、残された時間は誰が聞いても走るだけ無駄だろうととしか思えないくらい、
その目的地に行くには無理がある時間だった。
ところがその運転手さんはそうは言わなかった。
「よし、わかった。できるだけのことはするけど、もし間に合わなかったらごめんやで」
そう言うと、地図を調べている時間などないのでまずは同僚に電話をして、その目的地
まで行くのに一番早くて混まない道を尋ね、返事を待つ間にとにかく車を走らせて高速
へと向かった。
高速を下りてからも、同僚からの案内で迷うことなく無駄な道を通ることもなくスムーズに
行けたことと、日曜の朝で道路が空いてたことも幸いして、無事に目的地に着いたのは
なんと到着限度時間の6分前!
それを聞いた私は思わず拍手してしまった。
ブラボーというしかない。
運転手さんの話はさらに続く。
「ありがとうございました!」と何度も頭を下げるその青年に、運転手さんは「僕もできる
だけのことをして間に合ったんやから、君も精一杯頑張って試験受けるんやで。いつも
あの駅前でお客さん待ちしてるから、何かあったらまた会いにおいでや」と見送った。
それから約一ヵ月半経ったころのある日、いつものように駅前で止まっていると、一人の
若者がタクシーを一台一台覗き込んでいる姿がバックミラーに飛び込んできた。
もしやと思い窓から顔を出してみるとそれはあのときの青年に間違いなかった。
手を振って合図をすると青年が駆け寄ってきた。
彼は、そのときの採用試験に合格して、運転手さんにその報告とお礼を言うためにその
駅前にやって来ていたのだった。
無理だと思われる状況の中でも、最後まで細い望みの糸を離さなかった青年、できる
ことを尽くしてその細い糸を繋いだ運転手さん。
時間に間に合わせた運転手さんのプロ根性と腕前にも恐れ入ったが、なんといっても
最後まで諦めずに走ったその姿に、人間、何事も最後の最後まで決して諦めてはいけ
ないんだということをあらためて思い知った。
そして、そのことを私よりももっと強く思い知ったであろうその青年は、これからの人生で
壁に突き当たるたびに、この出来事を思い出して励まされ進んでいけるのかもしれない。
いや、ぜひそうであって欲しいと願う。
仕事からの帰りだったのでお疲れモードでタクシーに乗り込んだ私だったけれど、なん
だかすっかり元気になるような、そんな話だった。





